今回から、実際にアンティークジュエリーの名作をとりあげながら、その意匠、細工、 素材の素晴らしさについて、お話してゆきたいと思います。 初回に選んだ作品はカメオのブローチです。 カメオというと「女性の横顔を貝殻に彫ったもの」と思っていらっしゃる方も多いようですが、 カメオとは本来、素材を彫り上げる技術(浮き彫り)のことをいいます。 素材も貝殻を使うようになったのは比較的新しく、メノウなどの石を使ったものもあります。

では、今回の作品を見てみましょう。

こちらは「ブラッカムーア・カメオ・ブローチ」。 1860年頃、イタリアもしくはイギリスで作られたカメオに、ロバート・フィリップスというイギリスの名工が、 考古学スタイルの金の枠を施したものです。

カメオは、厚みのあるメノウの黒と白のコントラストを利用して彫られ、 ムーア人と呼ばれていた黒人をモデルにしています。 ムーア人とは、北アフリカ・モロッコ周辺に住んでいた民族で、古代ローマ、ギリシア時代、 ルネッサンス期のカメオや彫刻にも、彼らの姿を見つけることができます。 現在、ロンドンを中心とするアンティーク市場では、ブラッカムーア・カメオは非常に稀少品として扱われており、 ほとんどは18世紀から19世紀のヴェネチアをはじめとしたヨーロッパ各地で彫られたものです。

この作品のカメオには、 実際の宝石を用いた、まるで実物のジュエリーのような髪飾りや首飾りが施されています。 こうした細工をアビレといい、カメオ自体の品格をいっそう高める役目を果たしています。 また、アビレは、カメオの中でも特にブラッカムーア・カメオに多く見られる装飾です。

考古学スタイルの金の枠についてですが、これは粒金細工と呼ばれる、 古代エトルリア時代に盛んに用いられた技法を使っています。 小さな金の粒をベースとなる金の表面に並べてつける技法で、 1857年に古代エトルリア遺跡から発見されたのをきっかけにイタリアで復元され、 1860年代にヨーロッパで大流行しました。

最後に、この枠を制作したロバート・フィリップスについて。 彼は、19世紀中期の考古学スタイルを得意とし、イタリアのカステラーニやジュリアーノと並び賞された、 ロンドンの名工です。イギリス国王エドワード7世の御成婚の際の記念ネックレスを制作するなど、 イギリス王室とも関係が深く、亡くなるまで御用達としてプリンス・オブ・ウェールズに仕えました。 現在、彼の作品は、大英博物館をはじめ、 日本においては三重県鳥羽市のミキモト真珠博物館で見ることができます。

ブラッカムーア・カメオ・ブローチカメオはイタリアもしくはイギリス製、
枠はロバート・フィリップス作イギリス製、
1860年頃
53mm×44mm